死んじゃいけない

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『ねぇ、お母さん、僕が死んだら哀しい?』

ちょっと前にいきなりそんな事を言われた事があった。
これがサインだったのだけど、そんな風に思えなかった。。。
今にして思えばだけど、もう悔やんでも悔やみきれない。

確かにちょっと変だったように思えば思えた。
いや、変だった。
どうして?

そして、遺書を書いて死んでしまった。


そこにはこう書いてあった。




 おとうさん、おかあさんへ

今まで大事に大事に育ててくれてありがとう
僕は、おとうさんとおかあさんの子に生まれてきてほんと~に幸せでした。
僕はこれから死んじゃうけど、誰のせいでもないです。
僕が弱かったんです。

おとうさん、おとうさんとキャッチボールしたことわすれません。
夏に海で一緒に深いとこまで行って泳いだ事
冬にスキーを教えてくれて一緒に滑った事
工作の宿題を一緒に作ってくれた事
どれもほんとに嬉しいし、感謝してます。
ほんとにお父さんの子に生まれてきてよかったです。

おかあさん、毎日美味しい料理つくってくれてありがとう
こっそりほしいもの買ってくれたりして嬉しかったです
泥んこになって帰ってきても怒らずにいて嬉しかった。
勉強も教えてくれてありがとう。
お母さんはみんなにキレイって言われて僕嬉しかったです。
ほんとにおかあさんの子に生まれてよかったです。

今度、生まれ変わっても僕は
お父さんのお母さんの子供に生まれたいです。
だから、お父さんとお母さんも生まれ変わったら
もう一回僕を産んでください。
今度は、つおい子になってうまれてきますからね。

じいちゃんとばあちゃんにもありがとうって言ってください。
みんなにありがとうっていってほしいです。
お父さん、お母さん
今まで、ほんとにありがとう。





ものすんごく優しい子だったんだよ。
お母さん思いで、全然そんないじめられてる素振りもみせなかった。
そういう意味では、ものすんごくつおい子だった。

だけど、違ったんだ。
理由は、学校も先生もお友達も誰も何も教えてくれさえしなかった。
私達夫婦がどんなに悲嘆にくれた事か。
誰にもきっとわからないのだと思う。



あれから何年か過ぎた今でも記憶は薄れない。
そして今になって、初めてお友達が一人訪ねてきたんだ。
彼は、玄関でいきなり私達に土下座した。

そして、玄関に頭すり付けたまま嗚咽していた。
そして、彼は私たちに初めて謝罪してくれたんだ。
主人は、彼を起こし、ソファーに座らせて話を聞きたいって。


もう、察しはついたんだけど、不思議と怒りは起きなかった。
主人もそうだったようだ。
何故だろう?今は、話を聞きたいという願望のつおいせいだろうか?

彼は、ソファに座る前に仏壇に参らせてほしいと願った。
黙って案内しると、彼は、大粒の涙を流して遺影をじ~っと見つめていた。
遺影に向かって、彼は何も言わず、ひたすら頭を下げつづけた。

振り返って、最初にこう言った。
『僕が、僕が殺しましたって』

主人は、一言だけ『そうか』って言って、そのままじっと彼を見ていた。
どれほど時間が過ぎたのかわからないくらいしてから

『話を聞かせてくれないか?』と主人が彼にボソッと言ったんだ。
彼は、それからゆっくりと話し始めた。
それは、時につらいことだったけど、私たちは口を挟まず黙って話を聞いたんだ。

そして、最後に彼はこう言った。
『僕は、・・・・・・・・・・・・・・・・・人殺しです』
『ここで・・・・・殺されても、・・・・・・・・それは・・・・・・・・・・・当然です』って。


長い沈黙だったと思う。
それから、主人から
『君はどうして今になってここに言いに来たのか?』

彼は、ハッとして顔を上げたのだ。
『それは・・・・・・言えません・・・・・・』
優しい言い方で主人が
『どうして言えない?、謝りに来たのには理由はないのかね?』

彼は明らかに動揺しているように見えたんだね。
さっきまでと違って素直になってないって直感した。
何を?この子は何を隠してるんだろうってね。

『君が息子をいじめて息子は自殺した。それはわかった』
『・・・はい』
『私たちは今更君を責めようとは思ってない』
『・・・・・・・・・はい』
『ただ、どうして君が突然謝りに来たのか?その理由はどうしても聞きたい、わかるね!』

私は、主人と彼の話を黙って聞いていたんだけど、どうしても辛抱できなくなった。

『あなたさっきこういったわよね!』
彼を私を見てからまた下を向いたんだ。
『人殺しですって』

『・・・・・・・言いました・・・・・』
『では、罪を償う意思はあるの?』
『あります』
『どうやって償うの?どうやって償ってくれるというの?』

彼は、しばらく下向いて沈黙してから顔を上げて

『僕が、死んでお詫びします』と、言い切った。
その顔には、なんていうか揺ぎ無い決心があったように見えた。

『君が死んでも、息子は生き返らない』ボソッと主人が寂しそうに言った。
『僕には他にお詫びのしようがありません』

『君は死んでお詫びをしる前に、まず私の先ほどの質問に答えるべきじゃないのかね?』
『それは・・・・・言えません』
『死んでお詫びしる事ができるなら、どうして答えられない?』
『それだけは・・・・・言えません』

『ん~、じゃあ君はこれから死んで私たちにお詫びしてくれるのか?』
『はい』
彼のその顔を見たときに、私は息子のあの時の顔がフラッシュバックしたのだ!
この子は本気で自殺、いえ殺されに来たんだと思えた。

『ねえ、ちょっと聞くけどいいかな?』
『はい』
『あなた、最後にやり残した事はもうないの?』

彼は、驚くべく晴れ晴れとした表情で『ありません、もうすみました』って言ったのだ。

『ちょっと待て、もうすみましたってのは今済んだって事か?』
『はい、もう心残りはありません』

主人は、絶句したようだ。いえ、私も悟った。さっき一瞬おこったフラッシュバックといい
彼は、最後にやり残した事をやり遂げに来たのだ。

『それが質問の答えと受け取っていいのか?』
もう彼は結果的に、理由を言ったのだ。

『君は、幾つになったんだ?』
『・・・・・・・』
『もう働いて結婚しててもいい年じゃないのか?』
『・・・・・・』

『君に何があったのか知らないが、死んでお詫びしるってのは間違ってる!』
『・・・・・・』
『私達は、君に死んでもらっても嬉しくない、君は違う償い方をすべきじゃないか?
 ちゃんと反省して、後悔して生きるべきじゃないか?』


それから私達は長い長い話をした。
ず~っと彼は良心の呵責に耐えて悩んできたらしい。
人を一人結果的に死に追いやったという事実は日を追うごとに辛い事だったそうだ。
そして、今になって初めて自分がいじめられる側になって理解したそうだ。

会社に大損害を与えるミスをして居所がなく相手にされなくなってそれでもやめることさえ
その会社は許さないらしい。それは、もう辛くて耐え難いそうだ。
彼は、因果応報ってこういう事なんだと思ったそうだ。
そして、どうしても息子の墓前に参って謝りたいと。

面白くてからかってたって意識だけで、まさか死ぬなんて思ってなかったそうだ。
だけど、それはやられた側にとっては死なないといけないほどの辛さ哀しさって
当時は全然思わなかった。日を追うごとに、俺は人を殺したという意識がだんだん重くなって
段々夜もねらねないほどになり、罪の意識を実感しだしてきたらしい。

もう人を一人殺したという呵責に耐えれない。彼はそう言って泣き崩れた。

主人は、サイドボードからブランデーとグラスを出して
『呑め、いいから呑め』って、酒を勧めた。
彼は、固辞したけど、最後には一緒に呑んだ。

『一発だけ、殴らせろ!それで全て水に流す』
『はい、お願いします』

そう言って、彼は思いっきり強烈なパンチを一発浴びた。

『いいか、今のは息子の分だ、これからは私たちの願いを言う』
『はい』
『お前は、死ぬな!とにかく絶対に死ぬな!それだけだ』

彼は微動だにせず主人を見ている。

『君は私たちの最愛の息子を死に追いやった、けどもう息子は帰ってこない
 そしてずいぶんと遅いけど、君は謝った。だけど、息子はやっぱり帰りはしない。
 そして私は君に生きてほしいと思う。反省して後悔していきてほしい。
 どんなに辛い事があっても、死んでしまったらそれまでだ』

『はい、わかります』

『会社でのミスがどうした?頑張ってまた会社にそれ以上に貢献しればいいんだ。
 君は会社がひどいと思うかもだけど、いい会社じゃないか!普通はクビになってもおかしくない。
 だけど、損害を与えた以上それくらいの仕打ちにへこたれてはダメだ。わかるか?』

『はい』

『今日の君の姿を見て、息子もきっと君を許したと私は思う。
 これから結婚して、君にも子供が出来て、またこういういじめはあるだろう。
 その時に、君の子供がそうならないように君はする義務がある』

『はい』

『だから、死んではいけない。誰もそんな事して喜ぶ奴はいないんだ、それをわかってくれ!』



それから彼は月命日に必ずお参りにやってきた。
息子の好きだったプリンを持って、何があってもやってきた。
それから結婚しても夫婦揃って必ず来た。

私たちが、もう充分だ、来なくてもいいといっても彼はきた。
そして、こう言ったんだよ。



『これしか僕には出来ませんから』ってね。