ATフィールド 心の壁

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この前もちょっとだけ書いたけど、僕は子供の頃、へんてこりんな子だった。
で、うめちんさんのこの記事を見てちょっと思い出した。
http://blogs.yahoo.co.jp/hbkmx823/36866372.html

さらにcartonneruさんのこの記事を見てもね。
http://blogs.yahoo.co.jp/cartonneru/35615960.html

ほんとは、トラバして書くべきだろうけど、僕にとってあんまり知られたくない事でもあるし
あえてこういう形で書くことにしようと思う。

僕も、こだわりのすんごい子供だった。
食べ物の好き嫌いが激しすぎて、何も食べれない状態だったし
身体が弱くて、朝昼晩と日に3度も注射を打たれて育ったらしい。
さらに頑固で、絶対にパターン化した行動以外はしない子でもあった。

ただ、知能指数だけが、なぜかしら高かったらしいからこの点がちょっと変な点だな。
んと、まず僕は自分の経験からして独自の理論というか見方をしている。
あてはるのか?あてはまらないのか?はなんとも言いかねるんだけど
ちょっとした参考になればいいなと思う。

あ、最初に、これは僕の見解であって、正しいとか正しくないとかはわかんない話です。
だから、批判は甘んじてうける覚悟で書こうと思います。

まず、うめちんさんの若クンの場合だけど、
僕の中では、かなりよくなってきていると素直に嬉しく思っているんだけど、
この件だけに限って言えば、事を起こした当日は、ほんと~にわかんなかったと思う。
ただ、怒られて次の日に『ごめんなさい』が言えなかったときは、きっと理解してたと思う。

僕の経験で、お正月に父親に『あけましておめでとうございます』という一言が、
どういても言えなかったことがあるんだね。母も妹も、何度も何度も僕に教えてくれるんだけど
僕の中では、どうしても言えなかった。それは理由などなく、言いたくないわけでもなかった。
ただ、純粋に、その言葉が出てこない状態なんだね。

今にして思えば、それは自分に正直な言葉じゃないからだと、僕は自分で納得した。
で、この若クンの心理状態を考えた場合、悪い事したという自覚が全くないから
『ごめんなさい』という言葉は、いくら誰から言われても、絶対に真意じゃないから言えないんだと!
で、結果、悔し泣きするしかないという行動が、悔し泣きしたくないのに出てくるんだと思う。

ここが問題なんだろうけど、僕は、いわゆる自閉症児は、基本的にだけど
すべて恐ろしいほど純粋なんだと思っている。これには例外がないように感じている。
だから天使なんだけど、赤ちゃんの純粋さ、言い換えれば『悪を知らない』が故の弊害に思う。
人の気持ちが分からないと、よく言われるけど、それは半分あたりで半分はハズレだと思う。

ある段階で、理解したとしても、それは出来ない。したいと自覚してもできないことがある。
そしてそれは、恐らく誰にも理解されないが故に、さらに殻にこもる羽目になる。
したいことをしたいという気持ちが死ぬほどつおいのもそうだし、そしてそれは止める理由がない。
だから、いつまでもやり続けてしまう。

絶対的な正義が自分の中にあって、そこには悪という存在が全くない。
そして、建前というのも存在しない。極めてわがままに見えてしまうんだけど、
本人には、そんな気はさらさらないし、さらにいえば、わがままというものが分からない。
いわば、自分が絶対な神であるかのようですらあるな。

で、話を戻すと、このK君という子の存在が、きっと若くんの意識をいずれ変えてくれると思う。
正確に言えば、若くんは、K君によって少し変わったんだと思う。
上手く書けないけど、それは唯一絶対神である自分以外に神はいた!という事を認めた事になる。
それは、慈悲の心をちょっとだけ理解しないけど、感じたからだと思う。

だから、これはとてつもない奇跡に近いことが起きたという結論になる。(若くんの中で)
この段階を一つ超えると、自分の中の絶対正義以外の事は、ほんと~に少しずつだけど
認めることが出来るようになってくると思えるんだな。
ただし、これには条件がある。それは、興味を示した人と物事のみである。

僕の場合に限らず、暗記能力は、信じがたいほどあるのに、興味がない(強制された)事は、
全然暗記というか覚える事が、これまた信じられないくらいできない。
僕の場合でいえば、九九はクラスで一番覚えるのは遅かった。
それは、何故これを覚える必要があるのか?という疑問と、こんなつまらんものを覚えるくらいなら
スーパーカーのカタログスペックでも覚えた方がいいという単純な理由だからだね。

で、この場合、僕が思うのは、若くんが、母の愛もきっと感じたと思う。
これは、しばらくは行動やしぐさ等には出ないと思う。でも、本人の潜在意識に残る。
ここらへんがうまく表現できないんだけど、わかっても(理解しても)行動にはならないんだな。。。
ここの回路が基本的にちょっとおかしいからね。これは、治るのは相当に時間がかかる。

一番劇的に、この回路がつながる時は、衝撃的な事件が起きない限り難しいと思う。
それは、大好きだった動物や誰かが死んだとか、何でもいいけど、本人がウルトラ大ショックを
感じた時だな。これは、劇的に変わると思う。
僕の場合でいえば、変な話なんだけど、女の子を好きになったときなんだな。
これは、相当な衝撃で、ここの回路がつながった時だと、記憶している。(ちょっとだけね)

この段階で、母の愛というものが、やっとこさほんと~にちょっとだけわかるんだな。
だけど、女の子を好きというのとの違いはダメだ。其処までのレベルではない。
要するにだけど、一つのとっても素晴らしいきっかけになったんだと思う。
だから、今後はK君次第だと思う。幼稚園でのK君が全ての価値観を決める一つの目安になると思う。


で、もうひとつのcartonneruさんの、りょう君なんだけど、
僕は、思ってる以上に大人なんだと思ってます。アホか!と言われそうなんだけど
りょう君には、無意識のこだわり以外に、意識のあるこだわりを感じるんだな。
この意識のあるこだわりというのを文にして説明するのは大変なんだけど、

自分の行動に対して、周りがどう反応するのかを理解してやってる(ここが難しいけど、これ無意識)
つまり、判りやすく言えば、相手を見てやってるんだと思える。
そして、それは、相手の反応を期待してないけど、期待してるという種類の物だと思う。
これは、レベル的にいえば、かなり高度な事なんだけど、半分は無意識が自動的にさせてる。

それは、心の安定を無意識が自動的にさせてバランスを取っているからだと思う。
だから、パニックは相当に反動がでかくなるし、思い通りにならないと、心がこわれてしまう。
これは、解決策はない。自分にとって誰が味方なのかを、必死で探してるんだと思えるんだな。
それは、逆に言えばだけど、今味方はいないと思ってるんだと思う。

今、乗り越えるべき問題が大きすぎる反動なのかもしれない。
僕は、園を変えた判断は将来を思えば正しいと思うけど、こういう状況を考えた時に
園のお友達は、どんなんだろうか?という謎というか、疑問を思う。

もう一点は、お父さんお母さんをいう自分より強いものを、屈服させたい衝動があると思う。
それは、ほんとにそうしたんじゃなく、そうする事によって自信を持ちたいようにもおもうんだな。
3・4歳の意識レベルで考えた時に、これは健常児でもそうだろうと思うし
そういう意味では、幼稚園で、りょうくんはやれていいはずなのに、やろうとしてないんじゃないか?

やろうとしてないんじゃなく、やりたくないのかもしれない。
これもほんと上手く言えなくて情けないけど、
幼稚園の中に、潜在的保護者を求めてるというか、全員同列の扱いが納得できないのかもしれないな。
環境の変化に戸惑っているというのが妥当な意見なんだろうけどね。

だから、どうしても仲のよいお友達ができてほしい。
理想は対等なお友達なんだけど、りょう君が認めれば、ジャイアンのび太な関係でもいいと思う。
そして僕が思うにだけど、対等に戦える環境を一つつくってみてほしいと思う。
はさみ将棋とかがいいように思う。これで勝った気になれると思うんだな。

こういうのは、大人が負けるはずはないんだけど、10回やったら半分負けてあげればいいと思う。
半分は負けるという屈辱と半分は勝ったという高揚感は大きいように思う。
このレベルな事で、心の安定が取れるならとおもうんですけど。。。
これがあってるのかはほんとなんとも言いがたいんだけど、やってみる価値はあると思います。

僕の幼い頃を思い出しながら、書いてきたんだけど、
うめちんさん、cartonneruさんにしてみれば、お世話なはなしかもしれないです。
失礼と受け取られかねないけど、純粋な気持ちで書きました。
だから、最初にかいたように、ご批判は、甘んじて受ける覚悟で書きました。

僕としては、僕の経験がほんの少しでもお役に立てばいいな~と思います。
今も、僕はちょっと相変わらずへんてこりんな奴なんですけど、
ご理解を皆さんにいただけたなら、幸いに思います。
願わくば、若くんとりょう君が、少しでもよくなればいいな~と思います。



写真は、エヴァ
ATフィールド 心の壁 を描いたシーン